Paul Water Kieferは、New York Centralの設計部門で、有名なHudson(4-6-4)、Mohawk(4-8-2)、そしてNiagara(4-8-4)の設計に携わり、最終的にNYCのMotive Power and Rolling Stock部門のChief Engineerとして活躍した人です。その業績をたたえ、アメリカの機械学会(American Society of Mechanical Engineering)が、その最高の賞であるASME Medalを1947年に授与しています。
NYC Historical Societyの会報の2017年の第3号に、このKieferが1947年に出版した「A Practical Evaluation of RAILROAD MOTIVE POWER」という本の書評が掲載されていました。旧い本なので紙の本の入手は不可能かと思いましたが、インターネットの時代だけあり、検索すると電子化されたものを間単に見つけることができました。
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専門的な内容もあり、すべてを理解できたわけではないですが、私が印象に残った点をポイントだけ紹介します。
まず、この本が出版された1947年は、戦争が終わって世の中が少し落ち着いたころで、鉄道は蒸気からディーゼルへの移行の流れが明確になってきたころでしょうか。当時NYCが運用していた最新鋭の機関車は、蒸気機関車では1945年~46年にかけて製造したNiagara(4-8-4)、ディーゼル機関車では、1945年に導入したE-7、1946年に導入したF-2といったあたりです。このほか、NYCではマンハッタンからハーモンまで電気機関車を運用していました。他の鉄道に目を向ければ、ガスタービンや、蒸気タービンの機関車といった新しい方式の機関車への期待をこめて、いろいろなところで開発が進められていたところです。
Kieferは、これらの機関車の方式の比較を通じ、これからどの方式の機関車が鉄道の動力車の主流になるか、を論じています。特に蒸気機関車とディーゼル機関車とについては、NYCのもっとも主要な路線であるハーモンからシカゴまでの間で、可能な限り条件を同じくして運用して得られた、具体的な数値を用いて議論を行っています。なお、この比較のデータの詳細については、Niagaraの英語版Wikipediaのページに転載されています。
これらの比較を行うにあたって、以下の「基本的な事項(fundamentals)」に注目した議論を行うということが述べられています。
- Availability and its dependent counterpart, utilization: Availabilityは24時間のうち機関車が運用可能な状態にある時間の割合を、Utilizationは24時間のうち実際に運用できた時間の割合です。ざっくり言うと、24時間のうち、定期的な保守に必要な時間と故障等で利用できない時間とを除いた時間の割合がAvailability、さらに使用可能ではあるものの運用の割り当てができずに遊んでいる時間、を除いた時間の割合が、Utilizationです。当然のことながら、Availabilityは100%に近いほうが、Utilizationは、Availabilityに近いことが求められます。
- Over-all costs of ownership and usage: 機関車を購入し、運用するためのコスト全般を示しています。後者は、燃料費だけでなく、保守や修理、乗務員の人件費まで含みます。当然、コストは低いことが求められます。
- Capacity for work: 与えられた運用を余裕を持ってこなすことができる能力が必要ということです。特に、ダイヤの過密化に伴い、停止時からの、あるいは低速からの加速が重要になってきた、ということも述べられています。
- Performance efficiency: 熱効率、つまり燃料のもつエネルギーをできるだけ利用できることが必要、といったことが述べられています。
この後、各々の方式の機関車について、当時の最新技術や開発状況の概説があったあと、上述した蒸気機関車とディーゼル機関車の実際の運用データを中心として、以下のようなことが述べられています。
- AvailabilityとUtilizationについて: 旅客運用では、Availabilityは蒸気機関車のほうが優れるが、Utilizationはディーゼルのほうが優れる、貨物運用については、Availability、Utilizationのいずれについてもディーゼルのほうが優れる、という結果が述べられています。
細かい数字に注目すると、蒸気機関車はディーゼル機関車に比べて2倍~3倍の時間を保守に要すること、ディーゼル機関車は故障等で利用できない時間が蒸気に比べて数割多い、ということが読み取れます。前者は、蒸気機関車は保守の手間がかかり、Availabilityを確保するには本質的に不利であることを、後者は、ディーゼル機関車の信頼性は当時はまだ高くなかったことを、示していると考えられます。 - コストについては、蒸気(S-1 Niagara、約6000hp)の1マイルあたりの運用コストは$1.13、2両編成のディーゼル(4000hp)の運用コストは$0.99であった、という結果が示されています。一方で、導入時の価格については、Niagaraの価格を100とすると、2両編成のディーゼルの価格は147とありますので、まだまだディーゼル機関車は高かったということが読み取れます。
電気機関車については、機関車のコストよりは、発電所や送電設備のコストが高い、ということを述べています。 - Capacityについては、蒸気機関車、ディーゼル機関車の速度と出力とのグラフを示した上で、一般論として、蒸気機関車は加速は良くないが高速域(60mph)の出力に優れる、ディーゼルは機関車、低速域での加速が良い、というようなことが述べられています。
- エネルギーの効率については、ディーゼルの方が良いということが述べられています。
上の議論の「3. Capacity for work」の中に、蒸気機関車に比べたディーゼル機関車の利点として、次のようなことが述べられていますので引用します。
- 寒い時期の影響をあまり受けない。
- 重心が低い。
- 車輪荷重(Wheel Loading)が小さく、(ロッドなどの重量物が上下することによる)dynamic augmentがないことで、路盤へ与える影響が少ない。ただし、車輪径が小さいこと、重心が低いことは、これらの利点を一部相殺する。
- いくらか乗り心地が良い。
- 運行時の整備に要する時間が少ない。
- 低速域での加速が良い。
- 運行時に汚れることが少ない。
- AvailabilityとUtilizationに優れる。
最終的な結論として、4つのfundamentalsの項目について、各方式の機関車の優劣を次のように評価しています。タービン式機関車については、十分なデータがなく、今後の実際の運用の結果に基づいた評価が必要であり、この時点では、想定によるもの、とあります。
- AvailabilityとUtilization: 1)電気機関車、2)ガスタービン、3)ディーゼル機関車、4)スチームタービン、5) 蒸気機関車、の順に優れる。
- Overall Cost of Ownership and Usage: 1)ディーゼル機関車/蒸気機関車、2)電気機関車、ガスタービン/スチームタービン、の順に優れる。
- Capacity for work: 1)電気機関車、2)ガスタービン、3)ディーゼル機関車/スチームタービン機関車/蒸気機関車、の順に優れる。
- Performance Efficiency: 総合的な性能では、1) 電気機関車、2)ガスタービン機関車、3)ディーゼル機関車、4)スチームタービン機関車、5)蒸気機関車、の順に優れ、熱効率では、1)ディーゼル機関車、2)電気機関車、3)ガスタービン機関車、4)スチームタービン機関車、5)蒸気機関車、の順に優れる
この本が出版されて10年程度の内にNYCから(あるいは主要な米国の鉄道から)蒸気機関車は消えてゆくわけですが、その判断の根拠になったものと想像します。
この本を読んでいて印象的であったのは、新技術の導入に当たっては、経済的なあるいは社会的な観点で価値をもたらさなければ意味がない、というスタンスをKieferがとっていることでした。同時期ライバルのPRRが導入していたDuplex方式機関車についても、全長が長くなるとか、機構が複雑になってメンテナンスが大変になる、といったことが書かれています。また、タービン機関車についても、解決べき問題について書かれており、必ずしもその未来を有望視していたわけではないと理解しました。
やや英語が読みにくいと感じましたが、全体で65ページですので、それほど時間をかけずに読むことができると思います。私のように、1940年代~50年代のアメリカの鉄道の技術的側面、運用的側面の詳細について知りたい、という方には、お勧めできると思います。私が理解しきれなかった点については、識者の方のコメント・補足を待ちたいと思います。
おお! ポール・キーファーですか! 抄訳いただいた内容は、蒸機とディーゼル機の優劣を判断するための、まさに研究論文ですね。なんども読ませていただいて湧き上がってきた疑問は、彼がこれを書いた目的です。で、英文に挑戦してみたのですけれど、イマイチ、理解できません。記述では「両者は一長一短」とだけですよね。印象としては「オレの設計した蒸機は優秀だから、未熟なディーゼル機なんかには負けない」というふうに汲み取ってしまいました(笑) 序文のジョセフ・エニスは反対に「現状はフィフティ・フィフティだけれど、ディーゼルは改良を重ねていく」という立場ですね。エニスはアルコの上級副社長まで務めた人物で、NYCの蒸機に関してはキーファーの相棒です。
当方のウェブサイト=ブログに、1950年に訪米した国鉄技師のテキストをリンクしておきました。ご参考まで。
ワークスKさん:
コメントありがとうございます。
まず、この本を出した意図ですが、出版することが目的だったのではない、というのが私見です。長らく蒸気時代が続いたところ、ディーゼルなどの新方式の機関車が出てきて、今後どの方式の機関車を主力とするべきか、をNYCの方針として決めることが最終の目的であって、そのために各方式を検討したり、データをとったりしていたところ、著者序文にもある通り、イギリスで講演する機会があり、せっかくだからそれを出版物として残しておくことを自ら思い立ったか、誰かに勧められたか、のいずれかではないか、と想像します。
Kieferのスタンスは、明確には書かれていませんが、蒸気は技術的な極みにはあるものの、ディーゼルにはかなわないだろう、という思いを持っていたと考えています。それが本文中に紹介したFundamentalsの話だと思います。以下は完全なる私見ではありますが、特に蒸気のAvailabilityが低く本質的に改善する見込みがなさそう、ということは致命的で、Utilizationの面では、蒸気の方が現時点では優れている場面があったとしても、ディーゼルの信頼性が今後上がってゆけば、いずれ逆転する時が来るだろう、機関車単体の価格もディーゼルの方が高いが、今後増えてゆけばいずれ蒸気より安くなるだろう、ということを考えていただろう、と思います。
そのほか、私の記事で紹介しきれていないところで、蒸気の運用の大変さについて何点か触れられています。石炭の燃え殻の処理が大変であるとか、NYCならではの点として、冬季はテンダーの石炭が凍って給炭が上手くいかないとか、ウォータースクープのための給水設備を機関車とはべつに運用・保守する必要であった、など。
記事の最後に触れましたが、Kieferは技術至上主義の人ではなかったので、経営の観点で、きわめて冷静に見ていたのではないか、というのが私の意見です。