博物館訪問記」カテゴリーアーカイブ

Illinois Railway Museumを訪問 (4)

バーリントンのS-4を見た後、入っていったのは、”Display Barn 9: Large Steam and Electric Locomotives/Nebraska Zephyr”という建物です。ここには、蒸気を中心とした大型の機関車が各種展示されています。


まず目に入ってきたのは、これです。説明の必要がないと思いますが、レイモンド・ローウィのデザインで有名な、ペンシルバニア鉄道GG1です。かねてより好きな機関車でしたので、その実物を見ることができ、感激しました。


これは、バーリントンネブラスカ・ゼファー(Nebraska Zephyr)の牽引機であったE-5、9911-A号機です。


これは、ネブラスカ・ゼファーの最後尾です。ネブラスカ・ゼファーは、引退してそのままイリノイ鉄道博物館に寄贈された、とのことで、一編成がそっくり残っています。 ゼファーといえば、多くの人は、カリフォルニア・ゼファーを思い浮かべるのでしょうが、Chicago Museum of Science and Industry訪問でご紹介したパイオニア・ゼファーをルーツとした、今風に言うと、バーリントンのブランド戦略だったのだろうな、ということを感じました。

以下に、博物館の地図を再掲します。Display Barn 9は、左下、縦方向の建物です。

Illinois Railway Museumを訪問 (3)

ガイド付きツアーが始まり、最初の建物に入る前に、一台の機関車が目に入ってきました。シカゴ・バーリントン・アンド・クインシー鉄道(CB&Q)の、ハドソン(4-6-4)である、クラスS-4、3007号機です。これは、1930年に、ボールドウィンで12両が製造された中の一両です。 CB&Qといえば、O-5という有名な4-8-4があり、模型や写真で見る限り、S-4は迫力に欠けるかなぁと思っていたのですが、こうやって実物を見ると、圧倒的な存在感がありました。以下、何枚か紹介したいと思います。
まずは前面を一枚。マースライトの形状や位置など、O-5に準じており、CB&Qの機関車だということが簡単に認識できます。


機関士側(Engineer’s side)の全景です。



同じ角度で、機関車だけ撮ってみました。




動輪まわりを撮ってみました。機関車の高さと動輪の大きさの対比から、小さめの動輪と錯覚しそうですが、直径は78インチ(1981.2ミリ)です。機関車の高さが半端ではない、ということでしょう。


反対側から動輪まわりを撮ってみました。



火室のまわりです。

後ろから全景を撮ってみました。CB&Qのテンダーのロゴとレタリングはよく目立ちますね。

Illinois Railway Museumを訪問 (2)

Illinois Railway Museumに入ると、まずは屋外の展示ヤードに置かれた機関車が出迎えてくれました。


これは、イリノイ・セントラル鉄道が所有していた201号機です。Wikipediaの記述によると、この機関車は、1880年にロジャースが製造した2-4-4Tで、1949年に開かれたシカゴ鉄道博で展示されたとあります。

こちらは、AT&SFの543号機で、フェアバンクス・モースH-12-44TSです。上記のWikipediaの記述によれば、3両のみが製造され、シカゴのDearborn Stationで入れ替えに使われていた、とのことです。特に旅客列車の入れ替えを担当してたため、Steam Generatorを装備していたとのことです。

Dearborn stationは、AT&SFの看板列車(Chiefなど)の終着/始発)駅だったとのことですから、これらの列車もこの機関車に牽引されてて入れ替え作業をしていたのでしょうか。


似た様な角度からですが、もう一枚。


このエリアの(そして、この博物館の)目玉は、このUPのタービンに間違いないでしょう。

静態保存ですが、塗装も綺麗で、よい状態に保存されています。

Aユニットを横から見てみたところです。


Bユニットと補助テンダーとを撮ってみました。

ずいぶんと大掛かりな機関車だった、ということを改めて認識しました。UPの馬力への情熱が感じられるように思うのは私だけでしょうか。

今回ご紹介した機関車は、下の地図で、Display Yard 5と記されている場所です。見て頂ければわかるとおり、このヤードはそこそこの長さがあり、今回紹介した3台はその端に見えるものです。他にも色々な機関車が置かれていますが、すべては撮りきれませんでした。

Illinois Railway Museumを訪問 (1)

O Scale Meetが始まる前日、Illinois Railway Museumに行ってきました。こちらもすでにdda40xさんが11回に分けて詳しく書かれていますので、まずはそちらをご覧ください。

Illinois Railway Museum 1234567891011

Google Mapsでは、以下の場所となります。住所を打ち込み、カーナビの指示のままに進んでいったのですが、フリーウェイを降りた後、まわりに何もない田舎の道を進み、こんな場所にとても博物館があるよには思えない、と少し心配になりつつ、助手席に座っていました。結局、博物館が見えてくるのは、最後の角を曲がるあたりになってからでした。


大きな地図で見る

上記の地図を拡大すると、いろいろな車両が置かれているのがわかります。この博物館を鳥瞰した写真がパンフレットに載せられていましたので、スキャンしてみました。

こちらが、博物館の平面図です。

よくぞこれだけのものを集めたな、というくらい、様々なものがコレクションされています。今も収蔵品は増えているようで、色々なものを集めているうちに、「どうせならここに寄付しよう」という人が寄付をし、さらに収蔵品が充実してゆく、という良い循環を生んでいる様に感じました。

私のBlogでも何回か紹介し、ワークスKさんのBlogにも詳しく紹介されているカリフォルニア鉄道博物館に比べると、このIllinois Railway Museumは、コレクションの数、質という観点で、はるかに凌駕していると感じました。アメリカ型がお好きの方には、是非お勧めの場所です。

幸運なことに、O Scale Meet参加者向けの特別ツアー付で、足が棒になるくらい動き回り、十分に堪能しました。何回かに分けて、ご紹介したいと思います。

ヘンリー・フォード博物館(Henry Ford Museum)を訪問 (3)

前回ご紹介したC&OのH-8の迫力に圧倒され、もうこれで十分に堪能したと思って、あまり期待もせずに周りの展示物を見ているうちに、一台の機関車が目にとまりました。Bessemer and Lake Erie Railroadのコンソリデーション(2-8-0)である、154号機です。これ以上は載せられないのではないか、というくらいに太いボイラーが印象的でした。

この鉄道、名前は知っていましたが、実物を見るのは初めてです。上記Wikipediaの記述にあるとおり、鉄鉱石や石炭など、重量物を運んでいた鉄道ということで、高出力を追求した機関車なのでしょう。実物に関する資料が手持ちにはないのですが、steamlocomotive.comの記述によれば、1909年にBaldwinが製造し、蒸気の終焉まで活躍した、とあります。

それにしても、よく知られている機関車以外にも、魅力的な機関車が色々なところで活躍していたのだ、ということを感じました。

これ以上後ろに引けないので、こういう角度で撮るのが精一杯です。写真では、ボイラーの太さがもう一歩伝わってこないような気がしますが、車輪の高さとボイラーの高さとのバランスをよく見ていただけますでしょうか。

フロントを狙ってみました。

反対側です。照明条件が良くなく、暗い写真を処理してようやくここまで見えるようにしました。

キャブを写してみました。

ヘンリー・フォード博物館(Henry Ford Museum)を訪問 (2)

ヘンリー・フォード博物館の鉄道関係の収蔵品の「目玉」というべきは、C&OのH-8(Allegheny: 2-6-6-6)です。アメリカ型の蒸気に詳しい方には説明するまでもないのですが、チェサピーク・アンド・オハイオ鉄道(C&O)が1941年から1948年にかけて、ライマ社で60両を建造した、アメリカでも最大級の機関車です。(このほか、バージニアン(Virginian)鉄道が、ほぼ同型機を1945年に8両を発注)。

このAlleghenyについては、詳しく紹介すると長くなり、私も簡潔に紹介するだけの知識を持ち合わせていません。ライマ社のSuper Powerコンセプトの集大成と言ってもよい機関車であり、巨大な火室を支えるために、他に例を見ない6輪(3軸)の従台車を装備しているのが特徴である、ということだけにとどめ、詳しくは本や雑誌の紹介に譲りたいと思います。

この1601号機は、廃車後ヘンリーフォード博物館まで自走して、そのままこの状態で補完されたということなので、状態は非常に良好です。相変わらずの写真ですが、お楽しみ頂ければ、と思います。

まずは、真正面から見た画像です。

少し、斜め前に回ってみました。

前方の動輪です。

これが6輪従台車です。

キャブの中に入ってみました。機関士の席からみたスロットルです。この巨大かつ高性能の機関車を運転するというのは、どのような気分だったのでしょうか。

機関士の席から前方はこのように見えます。こんな巨大な機関車で視界がこれだけしかない中での運転は神経を使ったに違いありません。

テンダーのストーカーを撮ってみました。

キャブの入り口から出たところの台から機関車の前方を撮ってみました。やはり長い機関車です。床に小さな箱が置いてあるのがわかるでしょうか。この箱の中には、Fine Art Modelsが作成した1/32のAlleghenyの模型が置かれています。実物がどれくらい巨大か、ということを理解するヒントになるでしょうか。

後ろを振り向いてテンダーを撮ってみました。これも巨大ですね。

Alleghenyのテンダーの後ろ側は4軸のBuckeye台車となっていますので、これを撮ってみました。私のコンパクトカメラでは、全部が入りきりませんでした。

ヘンリー・フォード博物館(Henry Ford Museum)を訪問 (1)

Chicago Museum of Science and Industry訪問後、450キロほど東、デトロイトの近くのDearbornという街に移動しました。聞き慣れない名前かもしれませんが、ここはビッグスリーの一角のフォード社のお膝元で、その街中にヘンリー・フォード博物館があります。名前だけを聞くと、「フォード社の歴史」を記録する博物館という印象があり、実際そのような側面もありますが、この博物館は独立した財団法人として運営されています。私自身が見学して感じたのは、この博物館は「車を一つの軸として、広くアメリカの歴史を記録する」ことを目的としているということです。

「車でアメリカの歴史を語る」という観点で、最も象徴的なコレクションは歴代の大統領専用車でしょう。以下の写真は、1963年11月23日、ケネディ大統領がダラスで暗殺された時に乗車していた、まさにその車です。この展示の前に立った瞬間、見覚えのある、「その瞬間」のビデオ画像が今までにない現実感を伴って頭の中に蘇り、まるで自分がその瞬間に居合わせたような錯覚を覚えました。良い展示物は、歴史の雄弁な証言者になる、ということでしょうか。

この他印象に残ったのは、車にまつわる「小道具」とでも言うべきものです。アメリカでは、単調な道を延々と長時間ドライブすることが多々あり、見知らぬ途中の街で、給油をしたり、簡単な食事や宿泊をすることがつきものです。これらはドライブの一部と言ってもよいと思うのですが、この博物館には、旧式のガソリンの給油ポンプだとか、マクドナルドのネオンサインとか、モーテルの部屋を再現したもの、などがさりげなく置かれています。単に車を紹介するだけでなく、人々の暮らしを記録しようとしているのだと感じました。

一角には、古いホンダ・アコードが展示されていました。なぜ?と思ったのですが、「1982年に日本の自動車会社が米国で最初に現地生産した自動車である」、という解説を読み、納得しました。当時は日米自動車摩擦などと言われていた難しい時代だったはずですが、その中でもこの事実に歴史的意義を認めた人がいたから、収蔵されたということでしょう。

この博物館に行く前に、dda40xさんが「博物館としてあるべき姿を具現している」と言われていたのですが、なるほど、コレクションのポリシーがしっかりしていると感じました。この他、ここではとても紹介しきれませんが、農機具だとか、工業用のスチームエンジンとか、飛行機だとか、色々なものが所蔵されています。これらの収蔵品が良い状態で保存されているのも印象的でした。例えばスチームエンジンなどは「鋳物の芸術」とでも呼ぶようなものが多くあり、実際に稼働する状態にあるものもあります。

さて、前置きが長くなりました。数は限られていますが、鉄道関係で見逃せないものもあります。その話は次回に。

[2010年6月27日追記]
この博物館のマップを以下に掲載しました。クリックすると拡大します(大きなファイルなので、少し時間がかかると思います)。

Chicago Museum of Science and Industry訪問 (4)

このシリーズの最初の記事に書いた通り、Chicago Museum of Science and Industryは、広く科学と産業に関する各種の展示を行っています。その中の一つが、約30分の炭鉱(Coal Mine)紹介ツアーです。ヘルメットを渡され、「にわか炭鉱夫」になった気分で大型のエレベータで降りたところで、排水の話、照明の話、有毒ガスの話から始まり、炭鉱に使う機械、輸送に使うトロッコ、コントロールルームなど、炭鉱の実際をいろいろな角度で紹介してくれます。

大変興味深い展示だったのですが、天邪鬼の私の目を引いたのは、その入口に展示されていた「石炭の実物」です。なにしろ以前こんな記事を書いたくらいですから、嬉々として写真を撮ってきました。残念ながら、すべてガラス越しで、非常に暗い場所もあり、実物の色や質感を完全には再現できていないと思うのですが、何も無いよりはマシでしょうから、ご紹介します。

説明のパネルの訳も載せておきますが、あいにく専門用語の正しい訳などの知識がありませんので、識者の方がいらっしゃったらぜひ間違いをご指摘ください。

Peat(泥炭):
泥炭は本当の意味での石炭ではなく、石炭になる最初の段階の物質である。泥炭は茶色をしており、もろく、軽く、吸水性がある。泥炭になる前の植物の一部を見ることができることもある。泥炭を燃やすには、まず乾燥させなければならず、大量のすすを含んだ煙を出す。

Lignite(褐炭):
Ligniteは、”brown coal”と呼ばれることが多い。Ligniteは大変柔らかいので、長距離を運ぶと、ぼろぼろになる。ほぼ半分が水分であり、燃やした際には、最高品質の石炭の半分くらいの熱しか出さない。米国の石炭の1/4は、ligniteである。

亜瀝青炭(Sub Bituminous Coal):
亜瀝青炭は、ligniteに比べてより多くのエネルギーを持ち、水分が半分しかない、soft coalの一種である。瀝青炭に比べると、熱量は少なく、また硫黄分も少ない。米国の石炭の1/4はこの亜瀝青炭である。

瀝青炭(Bituminous Coal):
瀝青炭は、soft coalである。亜瀝青炭の1/3程度の水分しか含んでいない。燃やしたときは、無煙炭と同じ程度の熱を発生する。米国の石炭の半分は瀝青炭である。

無煙炭(Anthracite):
無煙炭はhard coalである。ほとんど水分を含んでおらず、他の種類の石炭よりも高温で燃え、ほとんど煙を発生しない。残念ながら、地球上にはごく僅かな量の無煙炭しか存在しない。

Chicago Museum of Science and Industry訪問 (3)

Chicago Museum of Science and Industryを代表する展示物の一つが、NYCの4-4-0である999号です。その紹介はワークスKさんのBlogに記載されていますので、そちらをご覧になってください。ポイントとしては、999号機は、1893年に作られた当時最先端の4-4-0で、高速性能を追求するために86インチ(=2184mm)の大動輪を装備し、当時の速度最高記録である112.5mph(181km/h)を記録したとされています。

米国でこの86インチという径の動輪を採用した機関車は他には存在しません。この次に大きな動輪というのは、84インチ(=2134mm)となりますが、それは1935年のMilwaukee RoadのクラスA(4-4-2)、1937年のSanta Feの3460クラス(4-6-4)、1937-8年のChicago & North WesternのE-4クラス(4-6-4)、1938年のMilwaukee RoadのF-7クラス(4-6-4)まで待たねばなりません。999号機が作られてから40年以上後ですので、999号機が如何に思い切った径を採用したか、と言えると思います。

さて、正直に告白すると、この999号機、それほど期待していたわけではありません。その理由は2つあり、まず私の興味は1940年代を中心とした近代のSteamであること、もう一つが、ワークスKさんのBlogにも書いてある通り、保存されている999号機は86インチの動輪を小径のものに換装しているということです。

しかしながら、実物に対面してみると、まずその大きさ、特に高さに驚きました。4-4-0ということで、無意識に小型の機関車を想像していたのですが、よく考えてみれば、当時、メインラインを看板列車を牽引した最大級の機関車だったはずです。そして、レタリングや装飾が美しく施されたこの機関車は、なんともいえない「風格」とでも呼ぶべきものを備えていることが伝わってきました。気がつくとじっと見入ってしまい、dda40xさんにも「ずいぶんご執心だね」と冷やかされるほどでした。その理由を考えてみると、999号は、当時の鉄道経営者が最高のサービスを提供すべく企画した機関車で、それを作る側の技術者も、当時の最先端を惜しみなくつぎ込んだ機関車からなのでしょうか。そういった999号機に関わった人々の心意気が伝わってくるようではありました。

照明が暗く、カメラも旧式になりつつあり、何よりも自分の腕に問題があり、相変わらず自分でも掲載を躊躇する写真ばかりですが、何かの参考になればと思い、以下にご紹介します。いつか達人の方が訪問され、すばらしい写真をどこかにご紹介頂くことを期待します。

まずは機関車部を撮ってみました。

キャブの方向から撮ってみました。

テンダーです。美しいレタリングやストライピングが印象的でした。

真正面から撮ってみました。

テンダーの背面です(ブレてしまいました)。右手に階段が見えますが、ここからキャブに入ることができます。

キャブの中です。

上の階から、ボイラーの上を見ることができます。

 

Chicago Museum of Science and Industry訪問 (2)

Chicago Museum of Science and Industryに保存されているPioneer Zephyrでは、20分くらいの列車内のツアーが用意されています。その中の写真を何枚か。

こちらは、列車内に入った直後の場所です。写真の左に写っているのがこのツアーのガイドをされた方なのですが、Pioneer Zephyrが建造された1934年の出来事-例えば大リーグの優勝チーム名-を、これでもか、これでもかと暗誦されていたのが印象的でした。

さて、右に写っているのは、Zephという名前のロバ(burro)です。このZeph君、Rocky Mountain Newsというコロラドの新聞社から寄贈され、前回ご紹介した1934年5月26日にデンバードからシカゴまで、ノンストップで走行した時の正式な乗客だった、とWikipediaのPioneer Zephyrの説明にあります。更にこの説明のなかには、このロバは別名”Rocky Mountain Canary”と呼ばれており、それを聞いたCB&Qの担当者が、カナリアと思って鳥かごを用意していたので、慌ててロバのスペースを用意して、干し草を積み込んだ、という逸話が書かれています。

客室、小さな売店のついた喫煙車を通り抜けると、最後尾のラウンジカーがあります。ここには、写真のような人形が3体置かれており、口、頭、腕を動かしながら、説明のアナウンスが流れ、スクリーンとなっている窓に、田園風景やら、シカゴでの花火が映る、という凝った趣向になっています。

名前を失念してしまいましたが、ここにある人形は、Zephyの関係者と、その家族という設定でした。当然、当時の上流階級に属する人たちです。ということで、説明のアナウンスの最初が「おや、このラウンジカーには相応しくない人たちが来ているようだね」と始まるのが笑わせてくれました。

これは、郵便車の中です。

次の2枚は、先頭の運転席です。思ったより窮屈そうだったのが、意外でした。